多田敏宏:中国の食と病と文学のブログ

中国の食と病について文学の点から見てみたいです。

千切り鶏肉の糟炒め、林文月

 紹興酒を醸造した後の余ったかすは、俗に香糟と呼ばれ、古書では糟粕とも呼ばれている。

濾過が済んだ酒は醸造する方にとっても飲む方にとっても欲望の対象だが、濾過した後に余った糟は余分なもの、はなはだしくは無価値なものとみなされている。……

 実は、酒を醸造した後の余りと言っても、糟は貴いもので、次に醸造するときに必要だ。噂によれば、公売局は紹興酒を醸造した時の糟を外部に売らないそうだ。秘伝の製法が漏れないようにするためかもしれない。たとえ酒醸造に使用しなくても、中国料理では糟をよく使う。たとえば「糟あんかけ魚片」、

「糟豆腐」、

「糟カニ」

などだ。

 私が台北のレストランで食べた料理の中では、かつて重慶南路にあった「復興園」の「タケノコの先端の糟炒め」が最も回想に値する。「復興園」の経営者の本名は、今でも知らない。私たちはずっと「唐さん」と呼んでいた。唐さんは当時は常時厨房に入っていた。ことに孔徳成さんが来たときは、決していい加減なことはしなかった。台北の多くの上海料理レストランの中で、唐さんの作った料理は一、二を争うレベルだった。確かある年の初冬復興園で食事会を開いたとき、冬タケノコが市場に出回っていたので、唐さん自らが冬タケノコの先端の糟炒めを作ってくれた。

清らかな甘みがこの上もなく美味だったので、私も思わず称賛し、孔さんにその調理法を尋ねた。孔さんは必ずしも自身が厨房に行くわけではないが、美食家だ。その料理を見るなり、「いい料理だ。一目見ればわかる」とほめたたえた。孔さんは細かな心の持ち主で、それ以降、季節になれば、自らがホストであろうと他人に招待されたときであろうと、必ずその料理を作らせた。
 その後何らかの理由で、復興園は店を閉じた。しばらくたってから、敦化北路の高架橋の下に「唐さんの食堂」というかなり小さな店を開き、少し年を取った経営者自らが厨房のシェフを務めた。数年後、「唐さんの食堂」も店を閉じた。みんなが悲しんでいた時、漢口街に再び「復興園」が出現したと聞いた。唐さんはさらに年を取っており、しょっちゅう入口のところに座って活ける広告のごとく客を招いたりしていた。が、かつての復興園のレベルには及ばず、タケノコの先端の糟炒めについてはなおのことそうだった。
 タケノコの先端の糟炒めは一般の家庭で客に出せる料理ではないので、ここでは普通に作れて味もいい「千切り鶏肉の糟炒め」を紹介したい。

糟の取得は、台湾ではそんなに簡単ではない。公売局が販売していないので、南北の商品を専門に扱っている店で大陸から来たものを探すくらいだ。我が家の糟は、何年も前に香港で購入したものだ。その後アメリカカリフォルニア州の中華街で買ったこともある。糟はいったん購入すると、持続して使用でき、持続して保存できる。注意深く扱えば、長期間保存できるので、かなり便利だ。
……
 千切り鶏肉を炒める際は、しっかり包装した鶏の胸肉をスーパーで購入するのがいい。透明なビニールに入っているので、量や鮮度は一目見ればわかる。すでに皮をむき、清潔に処理しているものを買えば、手間が省ける。
 まず胸肉をまな板に置き、筋を取って横向けに薄く切る。最後にきめに沿って、細い糸のように切り分ける。薄く、細く切ってこそ、素晴らしいものに仕上がる。「工、そのことをよくせんと欲せば、必ずその器を利とす」という言葉があるが、台所には肉切り用の薄い包丁を必ず備え、つねに研いでおかねばならない。他に、鶏の胸肉を短時間冷凍した後再び切ってもいい。半分の手間で倍の効果が得られる。

 …切り終えた鶏肉を大きめの碗に入れ、一勺半くらいの糟と酒をかける。糟をさじに入れるときは柄の長いものを使って底に溜まっている糟の粒も汲み取ると、より芳醇な味になる。

 糟の他に、塩と砂糖をいくらか使って味をつける。私は淡い色の良質な醤油を数滴加えるのが好きだ。そうすると鶏肉に少し色がつく。その後箸で、糟と各種調味料、千切り鶏肉を均等に混ぜる。細い千切り鶏肉が切れてしまわないように、頻繁には混ぜない。少し時間が経つと千切り鶏肉が水分を吸い込んでやや膨張するが、そうなったら片栗粉少しと植物油数滴を加えて少し攪拌し、ラップを張って冷蔵庫に入れる。

 千切り鶏肉を炒めるときは、熱い鍋に冷たい油をいれる。これは孔さんが教えてくれたコツだ。底が平たくて広い鍋を使うと、接触面が多いのでひっくり返す回数が減らせ、鶏肉に均等に熱が行き渡る。鍋の三十センチほど上に手をかざし熱さを感じるくらいになったら、再度冷たい油を入れる。そして冷蔵庫から調理した千切り鶏肉を取り出し、軽快に鍋に入れる。加熱をじっくり続ける。牛肉を炒めるときのように急速に加熱するのではなく、油の温度の上昇によって鶏肉にも熱が伝わるようなやり方でやる。何度かひっくり返し鶏肉に十分に熱が行き渡り、糟の馥郁たる香りが漂ってくると、鍋から鶏肉を取り出す。

 こうして炒めた鶏肉の千切りは、滑らかで柔らかく、決して焦げ付かない。鍋から出す時にごま油を数的垂らすとより芳香が増し、キラキラと美しい色合いになる。

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