あぶり羊肉、梁実秋
北平は中秋をすぎると、カニが肥え、あぶり羊肉が市場に出回る。羊も肥えて、臭みが少なくなり、北平の人の主な食用肉の一つとなる。なぜかはわからないが、牛肉を全く食べない人が多い。私の家もそうだ。…
北平のあぶり羊肉は前門肉市場の正陽楼
が一番有名だ。調理が細やかで、肩コブロ
ースであろうと外もも肉であろうと、手際よく薄切りにする。肉を切るコックがカウンターの近くで包丁さばきを見せているが、布をかぶせたひと塊の肉を手で押さえて、きびきびと切っていく。肉は冷凍庫で凍らせたものではない(以前は冷凍庫がなかった)。冬の寒いときでも肉は柔らかいので、腕が良くないと薄く切れない。
正陽楼の肉をあぶるための鉄製用具は、
烤肉宛や烤肉季のものよりだいぶ小さく、直径六十センチくらいだ。中庭に八仙テーブルを四つ置き、
一つのテーブルに足を置く台を四つ据える。三人か五人の客で一つのテーブルを使う。立ったままで片方の足を台に置き、肉をあぶりながら飲んだり食べたり話したりするのがスタンダードだ。烤肉宛は大きな鉄製用具を使っており、十数人の男が燃え盛る火を囲んで肉をあぶる。
女性客は正陽楼を好む。店が静かで、自分であぶりたくなければ、給仕が代わりにあぶって持ってきてくれるからだ。肉をあぶるときに使うのは炭でも柴でもない。焼いて煙の出ないようにした松の枝で、独特の香りがする。調味料はそんなに要らない。ネギとコウサイと醤油があればいい。