多田敏宏:中国の食と病と文学のブログ

中国の食と病について文学の点から見てみたいです。

焼アヒル、梁実秋


 北平ダックは内外で有名だが、北平では焼アヒルと呼んでいる。

 「北平風俗雑咏」の中で、厳辰がその美味しさを詩に詠んでいる。

 厳辰は浙江の人だが、北平の焼アヒルに傾倒していたようだ。

 北平は雨が少ないので、アヒルの飼育には適していない。だが、近くにある通州は、大運河の関係で水路や池が多く、アヒルの飼育にぴったりだ。純白のアヒルが高級とされている。

 アヒルを通州から北平に運んだ後、肥えさせなければならない。コウリャンなどで作った円筒形でソーセージくらいの太さの飼料を、十五センチくらいに切る。通州の親方はアヒルを一羽両足の間に挟んで動けなくし、手で嘴をこじ開ける。そして水で濡らした飼料を一本ずつ詰め込んでいく。アヒルは鳴き声も出せず、瞬きをするだけだ。口に詰め込んだ後、手で首をぎゅっとしごいて、飼料を胃に流し込む。

 何本か流し込んで、アヒルの腹がはち切れそうになったらやめて、日の当たらない小さな小屋にアヒルを入れる。数十羽のアヒルがイワシのように詰め込まれ、ほとんど動けない。水だけは飲ませる。こうして何日間か毎日飼料を詰め込み、肥え太らせる。アヒルの品種がよく、親方の腕もいいので、北平ではいいアヒルができる。

 抗日戦争の時期、あるレストランが真似をしたが、アヒルの三分の一が死に、死ななかったものも痩せはしなかったが肥えもしなかった。私がこの目で見たことだ。アヒルは肥えてこそ、美味しくて柔らかい。

 北平の焼アヒルは、全聚徳的いう専門店の他に、便宜坊(豚足の醤油煮込みの店)でも売っている。レストランで食事している際に近隣の便宜坊から取り寄せることもできる。宜外の古い便宜坊が閉店してから、東城の金魚胡同の宝華春が頑張っている。大賑わいで、二階で楽しく食べる人も多い。家から電話すると、宝華春は、鉄製の保温桶に入れた焼アヒルを店員に配達させる。油が垂れて、ほかほかだ。アヒルの肉を包むクレープや味付け用のネギやみそもついている。店員は見事にアヒルを切っていく。それぞれに皮も油も肉もついていながら、薄い。主が料金を渡すと、店員は大喜びで帰っていく。

 焼アヒルは手間暇がかかるので、一般のレストランで売っているのは串に刺したり、かまどでの調理を省いたりしたものだ。飼料の詰め込みをやっていないアヒルを使っているが、皮と肉はあっても黄色い油がない。北平にやってきたある人が「焼アヒルを食べたが美味しかった」と言った。私がどこがよかったのかと尋ねると、「皮と肉があって、油のないところです」と答えた。「それでは北平の焼アヒルを食べたとは言えません」と私は答えた。

 北平の焼アヒルを食べると、油と骨格が残る。油は茶碗蒸しに使え、骨格は白菜スープを煮るときに使える。味の達人は骨格を家に持って帰り、キシメジとサンショウ油を入れて煮込み、麺を食べる。美味この上ない。

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