多田敏宏:中国の食と病と文学のブログ

中国の食と病について文学の点から見てみたいです。

塩茶、周作人

中国では茶を飲む習慣は漢時代にすでにあったようだ。漢時代の文学者王子淵の「僮約」に五都で茶を買う話が出てくるが、今とは飲み方が異なっていたことがわかる。唐時代の人は茶を淹れるときにショウガと塩を使っていた。薛能の詩に「塩よりショウガを入れるほうがいい」と記され、蘇東坡は「茶にはショウガを入れるのがいい。塩はだめだ」と言っている。似たような意味だが、宋の時代も同じであったようだ。茶葉をかたまりにするのをやめ、茶葉全体に湯を注ぐようになったのは、明時代だろう。塩やショウガだけではなく、花も徐々に使われなくなった。明時代の文学者田芸衡は「煮泉小品」の中で、梅や菊、ジャスミンの花を茶に使うのはみやびやかだが茶の風味を損なう、いい茶にはそういうことはしない方がいいと述べている。

 古い時代の粉末茶はすでになく、かたまりの茶もプーアル茶だけで、それ以外は紅茶も緑茶も葉全体に湯を注ぎ、いい茶には花も使わなくなった。
 が、「礼失われてこれを野に求む」というが、古代の風俗が民間に残っていることがよくある。「広東海豊にて新年を過ごす」という文章によれば、その土地で新年の客をもてなすときは塩茶を使うそうだ。

海豊では、とくに女性が塩茶を好んで飲むそうで、毎日朝食をとって二時間後に塩茶を飲み、時によっては午後三時ごろにもう一度飲むという。作り方は、茶葉を乳鉢に入れてひきつぶし、塩をいくらか加えて、湯を注ぐだけだ。塩茶に炒りごまを混ぜたものを油麻茶と呼ぶ。ふだん客に塩茶を出すときごまを少し加えるのだが、大切な客だとその量が多くなる。それゆえ「海豊竹枝詞」には「人情の厚い薄いはごまの量を見ればわかる」という言葉がある。

 このことは私たちにかなりの知識を与えてくれる。古代の人が塩茶を飲んでいた有様が想像できるのだ。いったいどんな味なのか、試してみたい。
 (1950年3月)

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