多田敏宏:中国の食と病と文学のブログ

中国の食と病について文学の点から見てみたいです。

上海ガニの話、鄭逸梅

 ほとんどの人がカニが好きだ。だが、ここ数年、上海ガニはぜいたく品になっており、大切なことや困難なことを頼むときのよき贈り物になっている。私が最後に上海ガニを食べたのはいつだったか、思い出せもしない。秋風が吹くと、「菊の花とカニのはさみを見て楽しむ」ことしかできない。
 私は蘇州人だ。蘇州人がカニを食べるのは、ふつうは夕食の後だ。先にカニを食べると、そのあとどんな素晴らしい料理を食べても、カニのおいしさに及ばないからだ。それゆえ蘇州の家庭では、カニを食べるとなると、夕食は簡単なもので済ませておき、満腹しないようにしておいて、おいしいカニに備える。カニを食べるとき、調味料の準備は欠かせない。事前に柔らかいショウガを細い糸のように切り、鎮江の酢に白砂糖を加えたもので和え、大きな碗に入れておく。食べるときに各人がそれを匙ですくい、自分の前の小皿に入れるのである。酒は花雕が一般的だ。蘇州人は白酒をほとんど飲まず、ビールもあまり飲まない。一家全員がテーブルを囲んで座り、カニの殻をむき、食べ、語るのは、実に趣き深い。食べ終わると、シソを似たスープで手を洗って、生臭さを落とす。その後、それぞれが白砂糖の入ったショウガの茶を湯飲み一杯飲んで、口を爽やかにして寒を取り去り、おなかの中を快適にする。
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 陽澄湖の水はきれいで澄んでいて、そこで採れる上海ガニは真の高級品だ。現在これらの上質な上海ガニの大部分は他の土地に売りに出されたり、ホテルや最高級の宴席で使用され、一般民衆の口にはなかなか入らない。
 1910年代、カニのマーケットが発展し、蘇州だけではなく、当時金融機関が集中していて購買力の強かった 上海にも徐々に広まっていった。当時すでに徐々に人工増殖が採用されていき、蘇州、昆山一帯だけではなく、松江や無錫、太湖区域から長江付近までカニを産するようになったが、陽澄湖のものには及ばなかった。上海では、市場だけではなく、数多くの食べ物屋でもカニを売るようになった。もともとカニを食べなかった人も、食べてみておいしさがわかり、買う人が増えたのである。当時四馬路一帯(今の福州路)に、豫豊泰、言茂源などの紹興酒の店があったが、店の前にカニの露店を出して、商売繁盛した。店が客の代わりにカニを煮るのだが、値段が安く、店内でカニを食べながら酒を飲むこともできたのである。私は1920年代に蘇州から上海に引っ越し、四馬路望平街の各新聞社をいつも行き来していたが、新聞社で仕事をしている人たちが酒の店でカニを食べるのは普通のことだった。蘇州の家庭でカニを煮る場合は、まずカニを洗い、ふつうは竈の大鍋に入れ、冷水を加える。薪で強く火をおこし、鍋に分厚いまな板でふたをし、十五分煮れば食べられる。が、上海の酒の店にそんなに多くの大鍋があるわけではない。カニを一つ一つ藁で縛って動かないようにし、客が選んだものを蒸したり煮たりしていた。その後、上海の家庭でも徐々にたどんの炉を使うようになり、カニを蒸して食べるようにもなった。

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