多田敏宏:中国の食と病と文学のブログ

中国の食と病について文学の点から見てみたいです。

北京の伝統飲料「豆汁」、汪曾祺

 豆汁を飲まなければ、北京に来たとは言えない。

 子供の頃「豆汁記」という京劇を見たが、「豆汁」がどういうものかわからなかった。豆乳のことだと思っていた。

 北京に来てから、友人にあぶったアヒルや肉、羊肉のしゃぶしゃぶをご馳走になったとき、「豆汁を飲むかい?」と尋ねられた。私は「なんでも食べる」タイプだったので、飲むことにした。その友人は私をある軽食店に連れて行き、二碗注文し、私に「無理に飲まなくてもいいよ。口に入れた途端に吐いてしまう人もいるんだ」と言った。私は碗を捧げ持ち、数口で飲み干した。「どうだった?」と友人に尋ねられたので、「もう一碗欲しい」と答えた。

 豆汁は緑豆はるさめを作るときに出る汁で作る。かつて豆汁を売っていた人は、蓋のついた木の桶をのせた小さな車を押し、裏通りや路地を歩いた。鳴り物も使わず、叫びもしなかった。毎日同じ時間に同じ場所に行っていた。すると、何かの容器を持った女性が出てきて、買った。豆汁があればその日はマントウだけでよく、粥を煮る必要はなかったのだ。貧民の食べ物だった。

 街路の端の露店でも、豆汁を売っていた。銅の鍋に豆汁を入れ、弱火で煮ていた。豆汁を煮るのは弱火でないとダメだ。そういう露店は塩味や辛い味の野菜の千切りと小麦粉をこねて焼いたり油で揚げたりしたものを置いていた。力仕事をしている人が、露店まで歩いてきて座り、小麦粉を油で揚げたものいくつかと豆汁を二碗、それに野菜の千切りを注文する。それが一回の食事だった。

 いつも豆汁を飲んでいると、クセになる。北京の貧乏人は豆汁を飲むが、金持ちも飲む。京劇俳優の大御所梅蘭芳の家では、毎日午後になると外に出て豆汁を飲んでいた。一家の大人も子供も、一人一碗飲んでいた。豆汁はどんな味がするのか?簡単に言えない。緑豆を発酵させたものなので、すっぱい味だ。嫌いな人は、米のとぎ汁のようですっぱくてくさいと言う。好きな人は、他にはない味ですっぱくておいしいと言う。臭豆腐やチーズと同じで、好きな人もいれば、嫌いな人もいる。

 

 豆汁の底に沈殿したものを乾燥させたのが麻豆腐だ。羊の尾の油で麻豆腐を炒め、芽が出たばかりの青豆を数個加えると、とても美味しい。麻豆腐を炒めるときは、ご飯を多めに用意する。食欲を増進するからだ。

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